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2017年10月8日 22:11

ごめんなさい。バーザーチケット200円でした。

2017年10月8日 20:10
明日は私の行っている教会のバザーがある。もし興味のある方はいらして下さい。キリスト品川教会でひくとでてくる。入場料100円かかる。プロの方が朝5時くらいから毎年並んでいるようだ。新品コーナーの高級品を買っていく。教会の建物の横の幼稚園は1階でお母様方の作った物や、検品した物を詰めたハッピーフラワーといって袋詰めにした物をくじでうる。何回1回なのかいい物が入った物がある。2階は子どもたちのゲームができる。幼稚園建物の園庭は高校生青年部の出し物は値段が安く買いやすい。礼拝堂は滅多には入れないがこのときばかりは自由には入れる。オルガンも聴けるはずだ。うちのオルガニストは、とても進化し続けるオルガニストだ。女性だがクリスマスになるとメサイアを一人で弾き上げる。通常は3部構成何人かで弾くのだそうだがそんなことしたことはない。結婚式を挙げるて頂くと教会の収入になり、教会がやっていく貢献をしていただける。何せいいところにあるのでお高い。近所のお母様で使った方が居られたが、かつて、結婚式だけでなく、バイオリンの演奏会でも使われたそうだ。時間があり教会に行ったことのない方はウェブ礼拝もあるのでどんな教会か見ていただきたい。そう時間は9時半から2時だ。

2017年9月23日 9:00
昨日の朝のNHKのニュースで引きこもりについてやっていた。引きこもりは大きな社会現象だ。埼玉では積極的に対策に乗り出しているところがあるようだ。高校の友人の仕事が貧困を含め困った家家庭を訪問するといっていたがそういう人たちの努力であろう。子育てに追われ年賀状どまりになっていた。大変な苦労があっての活躍の成果だと関心させられる。引きこもりは、経験した家族でないと理解できない。対策はあきらめないことだ。クリスチャンなら相手に愛を持って行動することが遠いいようで、近道とさとるだろう。クリスチャンとは神様の存在を知っている人で、教会で信仰告白をした人のことだ。人間はただ生まれたのではない。全能なる存在、神をも創る神様を信じている。ただこの神様見た人は誰もいないのでそう信じることは難しい。アブラハムの時代から我々人間が怒られることをする。戦争は決して無くならないと我が牧師先生はおっしゃる。兄弟喧嘩をなくすことができないからだ。これも神様のご意志なのだと思う。

2017年9月14日 16:10
息子は昔書いただろうか?泣き虫で神経質な子であったのだが2日ほど前の朝の電話で昨日部長に選ばれたという。我が子が人に認められることはとてもうれしいことだ。なんせ幼稚園、プレ幼稚園ともに入る前に緊張のあまり吐いて登園していた子だ。プレ幼稚園時代と年中までか入る寸前の廊下で服を全取っ替えしていた。小学生の間年長から月木だったか週2日の剣道も親が道場の5階へ上がるのはエレベーターが許されたが、子供らは歩きのため離れて上がらなくてはいけない。その時寂しげに3、4年生頃まで私を目で追っていた。1歳半から始めたプーでも、3歳からか親は一緒のクラスでなくなる最初の日のこと、プール場のわきで並ぶ幼稚園から中学生の100人ほどの子供の中で唯一泣き吐いて、手だけは2階のガラス越しから見る私を見つけ空中を手でかく姿を思い出せるほどだ。先生が水で流してくださっている姿を思い出す。プールの水が怖いと泣くのではなく、親離れで泣くのだ。九州に行くのも自分で私と離れる為に選んだ決断でもあったのだと思う。

2017年9月5日 14:10
2日、3日と息子の文化祭と体育祭に行って見ることができた。昨年は仕事の関係で行くけたのも文化祭だけであったし、台風も来て日にちがヅレたこともあり体育祭は、行ったお母様方のLINEで様子をうかがうだけであったが想像していた物とは全く違いどの競技も楽しく観戦できた。私立の良さは中高縦割りで4つに分かれ色々競って高校生が運営をしていることだと思う。体育祭結果発表の後の最後の感想では数年前より子どもらだけでやれているそうだった。何が面白かったかといえば、障害物リレーは結婚指輪をしている人、かっこいい人、新婚さん、となどなど誰かを連れて行って旗を揚げてもらえて最後の距離を走り抜けなければならない競争である。自分でかっこいい人と名乗りを上げて出てくるのだから旗をあげる人も大変だ。挙げたくなさそうにしながらも挙げたりする。それをマイクを持った生徒が解説してくれるので面白い。そして、お昼過ぎに応援合戦をするのだが、これまたすごい。チームで一体になってすごい物をしていると感じた。甲子園で応援団はなかったが必要がないのだなと思った。歴代の団長の名は残るのだ。こんなに明るい元気な学校でも色々なこともあるのだと思う。編入もあるということは、辞める人もいるのだ。

2017年9月1日 9:10
昨日の夕方テレビをつけるとアルターヒトラー前がやっていた。戦争の話は色々知っていると思っていたが、何とむごい話が世の中に起こったかが映像で知ることができた。アウシュビッツのある日のことを裁判で証言していた。毒ガスがなくなった翌日釜の中に子どもを生きたまま投げ込まれたという看守から聞いた話を裁判で証言している光景。ヨーロッパ中で男性が女性に対し髪の毛を刈り見世物にしたり、つるし上げられる人までいた光景がでてきた。これは憧れのパリがナチスに凱旋門を占領された光景写真をかつて見たショックよりも強かった。戦争の恐ろしさはただ人が死ぬだけではなく、人間のやりきれない思いが弱い人に向けられることにある。聖書でイエス様が生まれて罪を犯したことのない人だけが石を投げなさいといった光景は誰もが読んで知っていることだったろうが、現実には人間は、私も含め窮地やいやなことから逃れるために何をするか分からない生き物だ。だから教会に通って生活することの大切さを痛感する。

2017年8月30日 9:54
息子は22日から寮に戻った。8月2日に1週間のブリスベンのホームステイから帰宅してから、日中私は仕事に出ていたのでお昼は今回初めて作らず出てみた。初日は3合炊いて冷蔵庫の漬け物や味噌汁を食べたようであった。夫はお昼を用意しないと食べない人だったのでそれはいけないと思い中学2年生の息子にお金を渡し歯医者に行くのと最悪セブンイレブンで買って食べるように言って出たのであったがまずまずの結果であった。しかし、ご飯がまずいやらやたら文句ばかり言うので最後にはもう帰ってくんなと大声を何度も張り上げてしまった。最後の2日はおいしいだのママ大好きだの言っては、私に宿題のアドバイスを頼んできた。全く要領が良くなったのか、ある意味強くなったようだ。24日からの学校もすべての宿題を出せたようだったが、本日我が生徒も宿題をまだ完璧ではなくぎりぎり終わればいいと高をくくっている。私の教育のせいなのか?この夏、等角図の宿題を1回ごと1時間1つしか解けなかったので心配して声をかけると、2つだったか家で1つ20分でできたのだそうだ。まかせることにした。



2017年8月17日
先日、息子の学校が創立8年目にして甲子園に行くというので、また仕事の更新も無かったので思い切って甲子園に行ってきた。ちょうど仕事の期限の翌日に台風で延期になったために早退もせず行くことができた。学校からはラインが決まる頃から息子の学校のお母様方の声援が凄まじく準決勝の頃は私も息子の成績をもらいに唐津に入っていた。寮には校長先生その他の10人ほどだったか大きなバスとともに野球部を応援する姿があり、私も心の内は応援をしていたが、昼間の仕事で精一杯であったせいもあり、大騒ぎすることはなかった。しかし、いざ、甲子園に応援に行くと息子の学校の歴史を感じうれしくも、羨ましくもあった。私は女子校生活であったし、校歌の歴史というか、知名度のすごさに驚かされた。

2017年7月29日 17:36
次の仕事は生まれて初めての派遣の仕事であった。データ入力の仕事などだ。1月で契約更新はないが先日息子の学校が8年目にして甲子園出場を決めた。派遣のき楽な道からそっと背中を押されたようだ。就活の前に息子と一緒に行ければよいなと考えを切り替え過ごすことにした。来ている生徒さんは夏休みに時間をくれというのでちょうどよかったのかも。8月に2日ほど仕事の前に1時間やって欲しいとの意思は変わっていなかった。今朝は少し長く時間をとることができたが、英語はとても大変だ。Aとaの区別もまだしてくれない。興味を持ったことは良かったのに。

2017年6月28日 6:40 
今月9日働いていた仕事が辞めることになってしまった。そんな時の礼拝に支えられ今があるのだと思う。

2017年6月11日 16:25
このところ、お気に入りの礼拝がある。一回は春の聖晩餐礼拝と今日の第一回礼拝。クリスチャンなら知っている箇所だが何と分かりやすいのだろう。今朝のはこうだ。太った人が痩せた人に説教ができるかというのだ

2017年5月6日 14:30
ゴールデンウィーク久しぶりにゆっくり過ごしている。息子の身長もお正月までは抜かれていなかったが完全に抜かれてしまった。生徒さんもお休みにしてもらえたので、息子の様子を観察できる。おもしろい教材で英語の読みの学びをしている。夫が毎日少しずつ見てくれるためいらいらせずに過ごす。

2017年4月8日16:30
春休みも終わり、息子も1年間の寮生活にも慣れたようだ。お正月休みにに会ったときにはまだ余裕と思っていたが、今回3月末に保護者会で行って久しぶりに会うと背は抜かれていた。声も低くなったようだ。私は平日フルに別の仕事に就き、土曜の朝の1時間だけ生徒さんの来る時だけ開くことになったていたが春休みはお休みにした。。息子の学校は中学から家を出るのは大変なのか、やめた人が3人もいたようだった。この一年我が子はやめなかったが如何になるかはわからない。

2017年2月11日 6:42
今日から、我がフリースクールの形態が変わる。不登校の子どもだけでなく若い人の勉強の場にもなれてらいい。4月からは完全に昼間の対応はやめることになった。まずは、土曜の朝に来てまで学ぶ子がいるかお待ちしていこう。

2017年2月4日 9:55
インフルエンザで学級閉鎖に追い込まれるところが相次いでいる。息子のところも、教会幼稚園も大変だ。健康管理は親も子どももとっても大事な時期だ。本日から朝の会を始めたが、問い合わせを受け手からの改正に変更しようと思う。

2017年1月1日 15:35
春から教室のあり方を変えるため奮闘してきた。どうにか目星がついた。2月か3月からできたらいいと思う。土曜日の早朝数時間であるので続けて行けたらいいと思う。

2016年11月22日 20:30
急に紅葉が色づき始めた。生徒が2週間以上お休みをしている。来ると決めた決心に迷いはないだろう。体調がととのいますように。私の子育て日記:明日は子供の母の会のランチがある。寮に出しているママの集まりだ。夏休みに出してから今度帰るのはクリスマスだ。まさか12歳で子供を出すことになるとは考えることもあっという間の今だが試験前の電話での息子の様子から成長を感じる。昨日初めての手紙とはがきが届いた。学校の授業で書かされたそうだ。縦書きはなかなか綺麗に書いてよこした。便せんの横書きは急いで書いた野かいつもの字であった。が言葉も選んで書かれたようで成長を感じる。嘘字も2つほどあったが、夫がメールで色々と返事をしていた。それをのせてみよう。
本日、夕刊を取りに行ったら、(息子の名)君からの手紙とハガキが届いていました。
勉強と部活の両方に対する(息子の名)君の意気込みが十分伝わってきて、嬉しかったです。
最初に封筒を見たときは「何事か?」と思いましたが、国語の授業で書いたのですか?
お父さんはこれまでの人生で、「時季」と「有余」は使ったことがないので、
とても感心しました。
勉強おいても、部活においても、いかなる結果であろうとも、
常に熱烈応援しています!!

ということを踏まえ、以下に気付いた点を挙げますので、
自分の書いた文章を見直してみて下さい。

①佐賀は東京より西にあるので、日が暮れるのは「遅い」
 のではないでしょうか? 「臨戦態勢」という言葉は知っていますか?
 今の(息子の名)君は、期末考査に向けて、まさに臨戦態勢ですね!

③手紙を書く際、頭語に「拝啓」で始めた場合、
 結語に「敬具」で終わると授業で習いませんでしたか?

②「試合にのぞむ」は「望む」ではなく、「臨む」です。


④横書きの文章の場合、数字は漢数字で書くように習いましたか?

平成二十八年十一月十八日 平成28年11月18日

個人的には、漢数字より算用数字のほうが読み手に親切な気がしますが、
いかがでしょうか?

⑤漢字で書ける語句
先日の面談でも、渡辺先生が「今後、入試や就職の際に
エントリーシートを書く機会がたくさんあり、その際、
漢字で書けるか、ひらがなで書いているかで、その人の
教養が計られる」とおっしゃっていましたね。

このたび この度

いかして 活かして 
「生かして」と使い分ける必要があります。
 ただし、「活かす」という言葉は常用漢字には
 表記されていないとのことです。

もろとも 諸共
がんばって 頑張って
つかい 使い
なれて 慣れて
なじんで 馴染んで
のこる 残る
日ごろのおこない 日頃の行い
いたします 致します。

手紙もテストも見直しが肝心です。

インフルエンザが流行りはじめているよですので、
体調には十分気を付けて、頑張って下さい。

父より


2016年11月8日 6:40
久しぶりに朝テレビをつけるとイツコムのチャンネルで品川ではかつて品川蕪(かぶ)を作っていたがそれを知った品川に住む八百屋さんの一人が種を見つけこれを品川で育てようと種を集め、小学校に育ててもらう活動をされた。今では小学校20校が品評会で競っているようだった。人間の思いが繫がるいい結果の例だ。現在東京に農家はいないのだそうだ。地震や台風の度々起こるこの時代、都内での収穫はとても貴重なことだろう。

2016年10月20日 6:00
私の子育て日記:昨日息子の中間テストも終わり成績がほぼ返って来たようだ。1学期はさんざんたる結果で、英語と国語以外は平均をとれたようだ。ただ英語は9点平均は30点と言うが10点満点であろうので、英語の用意をせず入学させることの恐ろしさを感じる。時間と余裕のある子どもたちには早くから取り組んで欲しくて英語の教室は値段を抑えているつもりだが是非活用して欲しい。

19:22
私の子育て日記:夕方のの電話で個人戦は1回戦負け。どこかの学校の団体戦に助っ人では行って2回戦に進んだとの結果であった。初めての九州大会、1回戦目はどうにか、個人戦でなかったおかげで勝てたようだ。腕が痛いとは一度も言わなかった。ほっとする。そして先ほどに電話で剣道の本が欲しいとのこと買って送ってくれと言う。主人はそんなことしなくていいという。が私はあまい。中古だが送ってやることにした。

2016年9月2日 11:40
私の子育て日記:息子は2学期も慣れ、先週は高校生の剣道の大会のお手伝い今週は中学生の大会がある。やっぱりすんなり行かないのか?昨日の夜の電話で今さっき転んで腕を痛くしたという。左手と聞くと右と答える。明日Z会模試でできない。また弱音を吐いている。湿布し何か巻いて大事にするようにアドバイスをし、漢方薬もすすめ電話を切った。今朝は挨拶の後聞いてみるとやはり痛いという。また保健室に行くのだろう。年長さんからやっていた剣道はまだまだ息子には足りないのか?しっかりしてくれること、1戦でも後々でもいいので勝って欲しいものだ。

2016年9月20日 8:48

9月13日に銀と書いたのは間違いであった。金と銅であった。このところ天気が悪い体を壊しやすい。学校に行けない子どもたちの心もつらい時期だ。どうか家族が見守って欲しい。

2016年9月13日 7:11

母のやっているおばあちゃまの書道教室の話は、今年しただろうか?東京に通う兄弟のお子さんが学校で明治神宮に出すと言って母が特別に見た作品が金と銅をとられた。そして、昨日別の生徒さんがこれは、桶川であるが草心会の書道誌に同時に2人も載った。息子は停滞気味だが、後から始めた生徒さんの活躍まこと素晴らしい。

2016年9月6日 6:20

私の子育て日記:先週末息子の文化祭と体育祭のために休みを取り夫婦で息子のいる九州に飛んだ。あいにく雨がひどく延期に体育祭がなるであろうとの連絡が入り何人もの関東からの親御さんは行くのを取りやめてしまった。しかし我が家は何かと嵐になる雨男の息子の行事にまたかと思いながら飛び立ったのだった。土曜日の文化祭は曇りであった。中学一年生の教室には、模造紙で1人ずつ書かれた夏休みの自由研究が貼り出されていた。体育館でクラス一人ずつ代表が発表しなかなか見応えがあった。息子のクラスの代表は女子でスマホ時代の責任についてであった。自分のおばあさまと自分の使い方からはいり、ポケモンによる事故に切り込んでの話だった。他クラスでは、名字の多いい順を調べ、佐賀県では鈴木さん、佐藤さん高橋さんが1番ではないことなどを発表していた。字の成り立ち十という字の縦を長くする字だったか、木をとるのでもえぎと読む名字を紹介して終わった。どれも3分程度でよくまとめていた。教室に行くと息子の副担任が居られたので挨拶をすると、にクラスの投票で3番だったと教えていただいた。テーマは広島の原爆についてだった。黒板で爆弾を説明したのは今までいなかったし良くできていたと褒められ少し安心できた。1学期も気持ちここにあらずで東京に帰りたいといっていたので、学校の様子はいまいちわからずにいたせいだ。研究テーマは他にもがんにならないネズミがいるとか、メントスとコーラを混ぜるとどうなるとか、下丸子の公園についてとか魚魚と思うようなテーマがたくさんだった。中学2年生はポスターまたは職業紹介がクラスごとで違っていた。廊下に箱を持った生徒が投票を持って待っている。町のポスター、それぞれ調べた職業紹介を選ぶ仕組みだ。中学3年生はまた自由研究が今度は廊下にA4サイズで貼り出されていた。

2016年8月25日 16:50

私の子育て日記:夏休みも終わり先週20日土曜日に息子は佐賀の寮に帰った。息子は東京に帰りたいと何度も電話をしてきたがやっと落ち着いた。先月の23日に4者面談で子供に会って少しは成長したのか?と思ったがなかなか両面をしっかり出してくれた。東京に帰る途中に、下関、萩、秋吉台、出雲、宮島、平和記念公園、呉を周って帰ってきた。その途中の話であるが、食欲がなくおかしいな、やたら文句ばかり言うなあと思っていたが2食べずにいたので、やっと息子が具合の悪いことに気づくとはなんとひどい母親かと我ながら思った。38度を超す熱が出ていた。マイコプラズマ肺炎という物にかかり大変な旅行の末どうにか少しずつ見てかえってこれた。

2016年7月18日 11:37

トルコでは何が起きたのだろうか?14年前、新婚旅行でトルコに行ったがたった2日しか滞在はできなかった。夫が仕事以外の旅行になれていないせいで、4日間の新婚旅行だったからだ。滞在するタワーホテルの真ん前にサッカー場があったのでのぞきに行くと100円ぐらいでチケットが買えたがまだ日が暮れないと試合は始まらないのでうろうろびくびくしながら回っていた。トイレを見つけ駆け込み出てくると夫がトイレを掃除するお兄さんにお金を取られていた。和式のようなトイレに天井から垂れたロープを引っ張って水を流しながら掃除をしている。気づくと300円位だったか、払わされたと主人はいっていたが、そうやって食べていたのだ。試合中隣の若い男の子がマフラーを私の首に掛け一緒に一体になって座った側のチームを応援した。そして頂いてきてしまった。学生時代に清水エスパルの応援に行ったあの一体感どころじゃない。敵チームに白い煙が投げ込まれるのだ。でも誰かが怪我をするわけでもなく素晴らしい国民性を感じた瞬間を思い出す。

2016年7月11日

選挙があったが、参議院選挙と、衆議院選挙全く変わらない選挙になってしまった。昔から、有識者の参議院選挙のはずが、今回そういった人が集まった様子はない。教員免許で憲法をとる際、レポートを参議院と衆議院のを違いを出されて書いた記憶があるが、大学の指摘していることが正されるにはまだ国民が成長していないのか、政府が教育機関の要注意事項を無視しているかだ。

2016年7月4日 11:40

PCの調子があまりに悪かったが、どうにか峠を越えた。夏休みは8月は9日間だけだが午前中の教室を開こくことにした。神奈川県はあまり塾に行っている人が少ないと友人に聞いた。是非学校の宿題用に使って欲しい。

2016年6月29日 5:20

100分で名著のエミールのおかげ色々と、見方が変わった。1つ1つ大事に行動できたらいい。介護の分野でなのか、事件が起きている。とっても怖い事件だ。利用者さんの安全を守ることはとてもとても大事なことだが、日本にこんな凶悪な事件が起こるようになってしまった。もしうちに来る生徒が将来介護の分野で働くことになったら、特に色々と日本の将来を考えられる人であってほしい。

5:53

おばあちゃまの書道教室の生徒さん7級ですが7月号に載りました。上手にかけたのは、この1枚だけなんだけれどと先生である母の話ですが、本人がどんどん変わるので楽しみです。以前載せていたものは、技術的理由で削除しています。

http://www4.hp-ez.com/hp/shodoukyoushitu

2016年6月22日 05:30

実習も無事2つ終わり、訪問の実習が月末に残っている。聖歌隊の友人で85歳ぐらいの方で2年前までいつも一緒に帰っていた方が昔デイケアーに行っていてとてもいいといっておられたのでそういう施設があることは知っていたがどういいのかがやっとわかった。私は介護士も目指すことにしたので守秘義務があって色々と話すことはできないが、これはいいという事は伝えておきたい。友人Iがお話し下さった中に、転ばなくなる体操を覚えられるという事と、お風呂に入ってこれること、食事をしてこれることだ。Iさんの奥さまはとてもきちんとした方で家でお風呂を出る時にご主人にこすってふたを外してから出るようにおっしゃるのだそうで、それが嫌でもう家では入らないとおっしゃっていた。私は夫とそう仲が良くないのでそういうことはまだ言えない。何十年も連れ添うとそういう夫婦になれるのだと感心させられる。週2回入れればいいのだそうだ。高校1年の春休み宮崎の84歳と82歳で住む大叔母の家に遊びに行った時に蒔きのお風呂を2,3日ごとに入れていただいたので毎日入らない家は年をとるとあるのだという事は知っていた。祖母の実家で、84の独身の祖母の妹の二人暮らしであった。東京は汚い街だが、初めて行った九州は、普段なら汚れる襟が汚れなく初めての田舎と海を見た体験だった。


2016年6月14日 18:05

私は実習に明日明後日参加するため、木曜日の午前の会は今のところ主人一人で担当する。もし来る予定の方は申し訳ないがそうすることにする。もし来る予定の方は早めにご連絡頂きたい。

2016年6月12日 17:40

昨日は無事合格をもらい帰ってきた。簡単なところをあっちこっち間違えていた。改めて何が出たか書いておく。ICFはノーマザイゼーションではない。という間違ったものを選ぶ問題。介護者のために介護をするといった間違った選択肢を選ぶ問題。人生は生きがいが必要であるという選択肢を選ぶ問題。医療行為でないものを選ぶ問題。認知症を持つ家族の心の変化で否定の文章を選ぶ問題。が間違えやすそうな問題だった。

2016年6月9日 8:15

マンションの外に向かって看板を出してはいけない規定がある。つい先ごろまで息子も近所の小学校に通っていたこともあり大々的に広告を出していなかったが、先日ぱどという近隣広報誌のフリーペーパーに広告を載せてみた。1地域5万軒の家に配ってくれるという。聖歌隊の友人に勧められたのだがこの広告4地域に入れてもらったが、広告を見て連絡はなかった。自分で数年前にここ近隣でポストに入れられるところに入れさせてもらったが全く音沙汰なし。よく言った言葉だ。

さてそんなこともあり、我が家のポストにも名前は貼っていなかった。急な来客が来た時のため念のためポストにフリースクール下丸子と貼ってきた。これはポスト内からなので大丈夫のはず。

8:10

13日日曜日NHKエミール2回目是非見てほしい。昨日エミール1回目100分de名著が始まった。エミールは5人も子供がいたのか。通りで独身と思っていたが子供の子育てをよく知っていると思ったら。解説の先生もとてもよくわかるお話だった。おなかをすいた赤ちゃんに哺乳瓶を突っ込むだけの育て方は虐待。本当にすごい検証だと思う。芸術を嫌っているのにも驚いた。私はゲーテが言うように、きれいなものに小さい時からふれている方が高いものを望む、いいものを好む人になるという点に賛成だ。

7:17

渋谷の駅員さんどうもありがとうございました。昨日は無事帰りにお弁当頂いて帰りました。夕飯温めてお味噌汁を作るだけで済んで勉強となった一日でした。

2016年6月7日 6:50

昨日は介護の試験で最終日のはずだった。朝5時に起きてお弁当を作り飲み物を用意し、出かけたが東横線の網棚にお弁当と水筒2本と上着を入れた袋を置いてきてしまった。授業は間に合ったが朝から、こんな調子であったので午前中の授業は寒く上着のなさに自己嫌悪。お弁当を新宿で買っていかれると夫に怒鳴られ悲しくなった。いつもより声が小さかったのだろう、何聞こえない。と怖い顔でにらまれ悲しくなったのだ。結局コンビニのおにぎりを買ってすませた。リックに入っていた飲み物は350ミリリットルの炭酸と特茶だったが、冷たいものしか飲まない夫なので朝ペットボトルのお茶2本用意していたが、炭酸にしてくれと言われ入れ替えておいたため残念。私が炭酸を飲むはめになった。世の女房はつらいよね。結局お茶3本勝手の1日だった。試験は思ったよりできたと高をくくっていたら、帰りにB問題どうだったと事例検討が出ていたという。最後の10問全く気付かなかったようだ。ちなみに以下を載せておく。友人が次回受けることになっていたので復習のためだ。

問題でできなかったところまたは怪しかったところ。順不同
① ICFについて2問出た1つ。ICFの「生活機能」は「心身機能・身体構造」「活動」「参加」の3つのレベルからなる。 <テキスト1P70 >
② 家族の心の移り変わり(認知症の受容過程)で、驚愕否定怒り抑うつ適応の段階正確に。 <テキスト3P71 >
「驚愕」家族の変化に気づきつつも「まさか自分の家族が?」という気持ちを抱く時期。認知症という診断をされて、ショックを受ける段階
「否認」「まさか自分の家族が」「そんなはずはない」というように「驚愕」に続いて起こる反応が「否認」である。頭では理解していても、心情的には受け入れがたいという気持ちが強い段階。
「怒り」さまざまな認知症の症状が現れ、否定できない現実を目の当たりにする家族には、「どうしてうちの家族が」という悔しい気持ちや、「なぜこんな試験こともわからないのか」本人を責める気持ちから、「怒り」が湧いてくる段階。そのため、場合によって虐待が起こりやすい時期ともいえる。
「抑うつ」の段階
介護ストレスが長引くと、介護者である家族が気力体力を使い果たし、燃え尽きてしまし「抑うつ」状態に陥ることがある。認知症である本人の将来だけでなく、自分自身に対しても悲観的になる段階。
「適応」の段階
ここまでの様々な介護体験を通して、頑張りすぎず、諦めすぎず、徐々に良い距離感で関われるようになり、サービスも上手に使いながら、認知症と付き合えるようになる。認知症介護に「適応」する段階。
「再起」の段階
認知症の家族を一人の人として尊重し、本人の世界、本人のペースに寄り添うことが自然とできるようになる。
③ 高齢者虐待の種類正確に。
    「身体的虐待」高齢者の身体に外傷が生じ、または生じる恐れのある暴行を加えること。
「放棄・放任」高齢者を衰弱させるような著しい減食、長時間の放置、養護者以外の同居人による虐待行為の放置など、
養護を著しく怠ること。
「心理的虐待」高齢者に対する著しい暴言または一時類句拒絶的な対応その他の高齢者に著しい外傷を与える言動を行
うこと。
「性的虐待」高齢者にわいせつな行為をすること、または高齢者にわいせつな行為をさせること。
「経済的虐待」用語者または高齢者の親族が高齢者の財産を不当に処分すること、または高齢者から不当に財産上の利益
を得ること。
④ <テキスト4P90 >出るといわれていたのに慌てると間違えました。食堂期食塊を食堂から胃へ送り込む時期。十二指腸のわけないのに。

2016年6月1日 10:40

先月お世話になっていた教会の友人でお医者様がお亡くなりになった。静かな方だが、クリスマスカードが教会の私のポストにこの数年入れてくださったり、息子にも声をかけて下さった。去年の夏に癌と分かってからも、変わらず接してくださっていたが最後はあっという間であった。フリースクールのボランティアの欄も彼の友人を出せるから頑張りなさいと励ましてくださっていた。息子が小学受験をし国立と、幼稚舎を落ちた時も、息子を信じて声をかけて下さっていた。昨年の受験の時も息子を信じていたので、ゆっくり成長を待つことを横で応援してくださった一人だった。彼は幼稚舎出身で強い生き様を見せていただいたように思う。臨床医を最後まで心がけていた方であったが、一番下の妹さんを亡くしそのことが医者としての姿勢を作ったのだという事を、1週間前の別れをしのぶ会で知ることができた。真摯に向き合う態度こそ人間をしっかりと作っていけるのだと思う。

2016年5月29日 14:35

介護の勉強において感じたことは、日本のような超高齢化社会を迎えている日本教育の小学生のうちから、知って学んでおくことだと思った。麻痺の人はに対してどう介助するのか。麻痺側に来る、洋服を繰る手伝いのときどのようにしたら良いのか。脱健着患。脱ぐ時は健康な側から、着る時は麻痺側から。私が高校2年生の時、祖父が脳腫瘍で動けなくなったとき1週間手伝いに言った時このことを知っていたらもっとうまく色々できたと思っている。シーツはきれいに引く理由は褥瘡(じょくそう)床ずれができてしまうのを防ぐためだが、たたみ方も合理的理にかなっているのだ。

2016年5月24日 6:10

私の子育て日記:日曜日に息子の寮のイベントで玉ねぎとりが変更になり朝市に行った息子から着払いで物が届いた。タコの塩辛だ。小瓶で300円したというが、1350円も着払いで払った。夕方着いてすぐ主人と味見をして送ってくれた気持ちに感謝する。夕飯は味わいながらいつもより話が弾む。。夜の電話で感謝の言葉を伝えるとまた送ってくれるというが年に1度でとお願いする。とても貴重な塩辛ならぬ塩たこだった。

2016年5月19日 7:10

私の子育て日記:昨日は息子は中学初めての中間テストの中休みでお休みだった。朝から、やたらと電話がある。私も朝8時25分ごろ学校に出かけるのでその前に2回電話が入り、お昼休憩の1時10分前から着信が2,3度入っていた。出ると週末玉ねぎとりに参加するそうだ。その一言のためであった。夕方5時半やはり3回の電話の着信に気付くと、渋谷駅で出てみる。剣道着が着いた。電車が遅れているでしょう。と気遣ってくれていた。唐津に出してもまだお互いのべったりは続いているのか?電気スタンド、電池、洗濯洗剤、トランプも送ってほしいといわれだ。寮は玩具禁止である。ダメでしょうと朝いったにもかかわらずもう一度いう。遠くにいる人に私は、完全にダメとは言わない。パパは嫌な顔しているよ。でもみんなが持っている。じゃあ借りて。手になじまない。そんなやり取りをしながらも、じゃあね。と私からきろうとすると、不満そうにわかったと言って切った。私は帰ると食事の支度をし夕飯が終わると朝、延長コードを送ってくれという息子の頼みをしようと、家の前のolympicに走り戻る。洗剤を買うのを忘れ、家の在庫を見る。剣道着を初めて使う時青くなるので洗わなくてはいけない。今までは私がしてやっていたが、自分でやらせるのでいいといって、剣道道具一式揃えていただいたSKさんには直で送っていただいたので洗剤が必要なのだ。私は息子が赤ちゃんからアレルギーを心配し昔からの粉石けんを使っている。しかしこれはお湯でやらないと粉っぽくなる。アムウェイの姉にもらったものはにおいが嫌だというので買わなくてはいけなかった。が忘れてしまったのと、もうアレルギーを心配することもなく大きくなったので、旅行の時に持って行ったトップと、粉せっけんの使い残しがあったので一緒に送った。9時過ぎの電話で今帰ったの?と聞かれさっき今お風呂から出たところ。電池は100円ショップで買いなさい。ばあばの引き出しにあったトランプ送っておいた。そう言うと息子は喜んで切った。今試験中なのに、さすが我が息子。勉強に集中していない。

7:44

朝の電話で、昨日トランプカード送ったこと喜んでいたけで大丈夫?と聞くと、喜んでいないという。今日は2科目。英語が先日あったのにと思いきくと。今日は英文だそうだ。私立は科目も細かいのか?

2016年5月17日 8:30

教育委員会から教員免許が届いた。5年かかってしまった。縦書いてあったので想像していたものとは違った。11年間の有効期限だそうだ。


7:58

国が本腰で社会の老人(65歳以上)について考えるのは、世の中の21パーセントが老人という超高齢者社会を迎えたからだ。このしわ寄せは子どもたちの社会に焦点をそらしている。子どもたちの親は、私も含め自分のことで手いっぱいでこれが我が子にとって良かった選択肢だったかと自問自答しながら生活している。ただ必死に毎日を過ごすのみだ。それと同時に親の介護を考えさせる場面に出会うたびに今後の自分が我が子に迷惑だけは掛けまいとしているのではないだろうか。国が老後を考えるといっても本人が声を上げないと介護を受けられないように、子どもたちももっと言葉で行動できたら本当はいい。行動で自殺や、殺人といった事件が起きるのは歯がゆいばかりだ。

日本では戦争は全くこの60年戦争はなかった。しかし歴史は必ず繰り返される誰かの言葉のとおり。世の中の英雄、偉人といわれる男性が美女に魅了される話など分かりやすい。クレオパトラがそうであったように、お茶茶様がそうであったように。ナチスがユダヤ人を迫害したように、誰かが誰かを嫌ってのけ者にしようとする。

不登校/いじめの欄ではそのことを書きたかったのだが、たまたま昨日牧師先生の話がとても参考になると思い更新した。


2016年5月16日 6:40

介護について勉強を始めた。ちょっとしたバイトをするのに前から友人に誘われていたが教員免許のために追われていたので後回しになっていた。その勉強で学んだこと、感じたことを書こうと思う。我々は、40歳になると強制的に介護保険の支払いをしている。去年から支払いが自己申告なのでなんとなくわかっていたが、40歳からなのは知らなかった。この保険、40歳から65歳未満までを第2号被保険者といい、65歳以上を第1号被保険者という。日本のように高齢者の多いい社会に国が対応したのがこの制度で2000年(平成12年)4月から始まった介護保険制度のことである。これを使う人は要介護認定とか、支援とかに認定された人だ。これは、要介護が5まで、支援が2まで数が多いいほど介護が必要だ。また、この制度5年に1回ごとに大きく変わり3年に1回ごとに小さく変わるのだ。この制度初めはお年寄りの介護を全面支援的だったのかもたついた制度だったようで、今は、自立支援を応援するとっても人間的制度だ。

2016年4月28日 22:58

私の子育て日記:息子が一人で帰ってきた。学校から寮に帰り福岡空港から無事に武蔵新田のバス停に帰ってきた。たくましく感じる。

2016年4月24日 5:40

介護では否定的なことを利用者さんに言ってはいけない。教育は遠回しであろうとそうはいかないことがある。嘘や泥棒はいけない。といった人間の世界のルールについて、調子がいいから通院を止めたいということに対して、学校が変わって環境が変わってそれをチェックするのが自分や、家族であってもその機会は専門家とした方がいい。など、子どもの将来にかかわることにおいてだ。

2016年4月21日 6:00

新宿の学校に昨日から行き始めた。6月半ばまではそうするつもりだ。4人に一人が高齢者を迎える日本のありようを勉強している。月曜水曜金曜のクラスは7人いた。このクラスは仕事で来ている人も、仕事を辞めて来ている人もいる。介護がどういうものかスタートだ。

2016年4月17日 6:15

息子が1年生の3月にあの地震で何かを始めようと教員資格を取り、フリースクールを始めたものの今回の地震で自分の足が揺らぎそうになる。子供を自分の手元から外に出す親は、今回息子を外に出してはじめてかなりいることが分かったが、遠くから充分に援助できる体制が必要だ。無理に教師にこだわらず、今はいつでも動ける状態でいることにした。さて、入学式の数日前から現在まで何がそう息子を強めたのか?やはり、友人だろう。寮の仲間。そして私が何か運動をするように言った時、本人が剣道をしようと決めた瞬間から変わったように思う。ルソーが健康な肉体こそ強い精神をつくるという。やはりこれは大きなことだ。


17:00

私の子育て日記:学校から帰ったと連絡の電話があったとき私は留守であったが、郵便局と銀行から帰ると電話が鳴る。元気いっぱいの息子の声。少し九州弁が入っているのか別人のようだ。あんなに泣いていたのに、親離れ1段階登れたのだろう。

15:26

月曜、水曜、金曜の講座で資格をとることにした。フリースクールは火曜、木曜は2人体制になる。もし、生徒が来るようになっても対応してもらえるというので申し込んだ。

2016年4月15日 15:00

私の子育て日記:4月11日前日も、その前の日も退院できるような話で息子との電話で安心していたが、看護学校の先生が息子に生徒を付けたいという。いつまでか聞くと金曜までという。慌てて担当のお医者様に電話し様子を聞くと、精神的にダメなので寮が引き受けないという。慌てて飛行機をとり病院についたが8時間後の7時であった。翌日退院し近くの小児科で喘息の医者を持つように言われ受診をしてから、学校に連れて行く。7日の入学式以来の学校だ。放課後校門で拾って近くのガストに行く。もう東京に帰ると何度も訴えていたが、よく考えると、ゴールデンウィークの往復、秋の文化祭体育祭のために夫婦でくる往復チケットを考えると学校を辞め帰るという言葉にそう賛同できない。そう言うとガストで泣き出した。お店の人も慣れていのか?寮に入ると一人は手がかかるらしいがまさに息子がそうであった。食事もなかなかとらないのでイチゴのデザートを食べさせ寮に連れて行った。生徒は明るく正しく挨拶してくださりとても感動した。以前2回来たが、いつも礼儀正しく落ち着いた先輩の姿はやはりここに入れたいと思ったきっかけなのだと納得する。結局どうにか数日を過ごし朝夕の送り迎えをして帰ってきた。昨日の地震のまでの電話もあったがケロッとしている。今日の遠足頑張るねと言って電話を切った後。地震があった。の隣のベッドの熊本の友人家族も無事との連絡。安堵したがすぐには眠れなかった。

2016年4月11日 6:05

私の子育て日記:4月4日に飛行機で福岡に向かい、レンタカーで佐賀の息子の入る寮に向かった。その2日前から息子は38度ぐらいの熱があり、前日は大石小児科と荏原病院にまで行ったがインフルエンザでもなくカロナールが2日分出され、血液検査もウイルス性の何かとの判断と本当は行かないほうがいいと言われたが、飛行機の予約のため旅立った。寮にもともと送っていたカロナールと葛根湯、小青龍湯を持ってホテルでじっと我慢の日々であった。40度まで行くとさすがに済生会病院にも行ったが動ければ入学式に行けばよいと九州男児の先生の言葉のせいか納得し帰った。翌日7日の入学式は保健室と車から靴下を取りに行ったり慌ただしいうえ、毎度のことながら、天気は大荒れホテルから学校まで車で5~6分で行けるはずが、渋滞で15分以上かかり、守衛さんに無理言ってそばまで車を着け降ろしたり、朝食で知り合った同じ学校に入学するという女子の親子と一緒に向かったこともあり嵐の1日だった。タクシーが前日から頼んでもないそうでさうが唐津。タクシーの台数が少ないようだ。結局翌日から入院4日目に入っている。担任の先生は何度も病室を訪れて下さり感謝である。親離れの大変さに熱が出たのか、入学翌日のテストを避けるための熱だったのか、議論の価値はあるのだが、点滴をつけっぱなしで2.5ℓしたというのだから、自分で水分を取ることができなかったことが一番の原因であるのは間違いない。7日の飛行機で我々夫婦は帰ってきたのでずっと家で待機している。フリースクールは今日からオープンだが問い合わせがないので、主人にまかせ、別の資格を取りに週3で外に出ようと思う。

2016年3月23日 8:05

朝のニュースだ。児童相談所が子どもが望んだのに受け入れていないために自殺が起こったのだ。これは、大人の私でも受け入れてもらえると思っていたのだから、子どもにとってはもっとショックな話だ。今度は詳しく相談してほしい。大人は、それに気づいたら警察に報告の義務がある。2度とこんなことにならないため大人への課題だ。

2016年3月22日 5:15

私の子育て日記:先日息子を運転中であったが、蒲田駅の交番のお巡りさんがいたが息子を殴って叱った話だ。このところ、息子は私の運転中嫌な運転手がいると中指を上から下に向けやるしぐさをするのだ。何度も注意をし、どういう意味かを話しても止めないので、このまま寮に出すわけにもいかないためお巡りさんの真ん前だったが、一発殴るとやっと止めた。買い物のため駐車場を後にし、交番を通るときの決まりな悪さと言ったらない。後日電話で姉に話すと、意味を知らないのではと言う。犯すという意味も知らないのではというのだ。映画の中でも、若い女の子がよくやるしぐさになってきた時代だ。困ったものだ。

2016年3月17日 5:35

昨日は生徒がお休みだったので、東京都の教育委員会に教員免許申請について電話をした。書類がそろったので出しに行くつもりで電話をしたが、着信履歴を見てか折り返してくれた。この期間は個人の受付をしていないため、4月18日から受け付けられるという。そう言えば息子の受験で出せないと以前教育委員会の方と話し残念と言われた気がする。手一杯だとすぐ忘れる、良くないことだ。息子の卒業式まで1週間、つまりは3学期ももうわずかであるが、お休みがちの生徒らには、この季節の変動毎日のちょっとしたこと、電話を買いに行ったり、病院にいったり、花粉で体調がすぐれず眠れなかったり通常より過敏に感じてしまう。まずは体力に自信をもって来れることが今学期の課題で克服できることを祈る。桜の咲くころきっと過ごしやすくなるだろうが、すぐ梅雨で体調を崩しやすいので今、是非成長してほしい課題だ。

2016年3月11日 9:10

今日で大地震から5年がたった。昨日教員免許更新講習のために使っていたヘッドホンを返送した。どうにかこの5年で新たに1っ歩を踏み出せた。

2016年3月10日 11:30

欠席連絡が来た。残念。今日も会えず。しかしここ数日寒かったり温かったり、ちょっと気温の変化がひどい。こんな時は大丈夫と思っても大概、体が動かない。ゆっくり体が動いてくれるのをみんなで待つだけだ。ちょうど春先の温かさで花が咲くころうまくいけば動けるだろう。

私の子育て日記:昨日の朝息子の合奏を8時25分からと言われ急に参加した。ここ全て学校の行事にお休みをしていたので朝何度も来ないの来ないのと聞いていたが仕事のため行かないと言っていたのに突然私が現れたので驚いたのだろう。ゲーム音楽を学年2つに分かれ演奏してくれた。1つはスーパーマリオブラザーズ&ドラゴンクエストの曲。これは分かる。しかし、もう1つはモンスターハンターだそうだ。息子の演奏した曲は演奏前にコメントしてくれた生徒のおかげ段々と成長していく感じを、6年生から中学生になることにかけて表しているとのこと。その成長が理解できたと思う。皆おたふくや、インフルエンザのため先日参加できなかった家族のため朝10分ほど開いてくださったようだ。6~7人ほどの父母が立ってみていた。私は1番で入ったため脇にいた子どもらの末端にすわっていた。翌日になって息子になぜ真ん中で見なかったかと怒られた。手で太鼓をたたいていたようだが見えなかったせいだ。

2016年3月6日 6:15

昨日息子の携帯を買いに主人の元会社の割引の使える店に予約を入れ行った。この間まで渋谷のマイスターであった女性の店員の方に良くアドバイスをしていただいていた。がこのお店ではマイスターではなく若ーい、細渕の黒い金属の丸いめがねをしたかわいいといっては失礼に当たり申し訳ないが、それでもかわいい店員だ。彼は静かで丁寧で何を聞いてもしっかりすべてに応えて行って下さった。胸にはチーフと有った。さすが優秀な人はやはり年齢ではないのだ。社員証を懐かしく思ってか夫が声をかけていた。帰り年齢を失礼ながら聞いてしまった。25歳。堂々として立派だったが息子にも期待してしまう。息子に限らず我生徒らに、若者に期待していまう。

2016年3月5日 5:58

私の子育て日記:丁度1月で入学のために家を出す。昨日はお楽しみ会で学校は朝から用意と、2時からのスタートを待っていたが、生徒さんが来る予定だったので遅刻で行くことにしていた。前日の夜気持ち悪いと起きてきて、朝も薬を飲み寝てしまった。主人は違うと言うが、この用意に私が参加できないことが原因であると思う。まあ、体力をつけ出してやるため休み連絡を息子の友達に頼み、電話と連絡帳を置きにいった。息子は1度8時過ぎに連絡帳を気にしてか目を覚ましたが、食べて寝てしまった。この頃、休むという生徒からのメールで電話をした。先日の試験対策の件だ。1週間後の試験対策を1週間前に頼まれたが4日の来る予定だったのか1日休み、遅刻しなかったのは1日。成績が出るので学校に行くとは言っていたが時間が変わったのだそうだ。だから来ないと言うので電話をした。今何を着ているの?私服です。制服に着替えて出かけるように言う。素直にはいと言う。とってもいい子のようだが、このはい曲者。来週の月曜日にその報告をしてね。と言い電話を切る。私の高校時代の経験でははいと言ってその場は過ぎるが本当にそうであるのは難しい。先生の前でリボンを注意されはいと言ったクラスメートがトイレで付け直しをしているのを何度も見ている。エミールも押し付けはいけない。結局しないことといっているのだ。私は課題は1時間行ってくるそれも、大好きな友達がいるのか、友と思う子に会ってくることにした。前日試験対策をしても点をとっても可笑しくないとプライドを挫いておいたので、きっと大丈夫だろうが、英語は努力をしないでは点にはならないからだ。友人関係を作る前に自分をしっかり持っていることに気付いていることが大事だ。嫌な人がきっと陰口や、何かしら言ってくることを流し切れるかも課題だ。我が家に来ているもう一人の生徒も、周りに気づくことが課題である。先日嫌なことで外に飛び出し、エレベーターで戻ってくるとき、近所の御婦人とご一緒した。私は気まずくとも元気を持って挨拶をした。相手は何之と目を丸くされた。横を見ると我生徒は、両手を頭に私の目は合図を出しても気づかない。知らない子が乗っているので驚いたのだろう。エレベータをで、我が玄関を入り戸を閉めるとやっと、挨拶してね。と声をかけることができた。はい。そうだ。しまった。という表情だ。あとは自分で気づけるかが勝負だ。


2016年3月1日 4:50

先週1週間1人は学校の試験対策に、もう1人も目的を持っての来校だった。とても真剣に勉強してくれる。試験対策はとても無事とは言えなかったろう。ゆっくり頑張っていただきたい。

私の子育て日記:先週はとってもいうことは聞かないだけでなく横柄な態度にでていた。母が書を教えるために来ていた。1つ上の姉が蒲田近所に住んでおり来た日曜のことだ。いつも息子を私が甘やかしすぎるとか、私の結婚や兄の結婚をいいとは思わないとかいう人だったが、普段私はは黙ってる。しかしこの日、もう1月もすると息子を外に出さなくてはならないので、息子の態度を改めさせる為に、テレビを切って口をひねった。そして、姉に母への態度についても怒鳴ってしまった。母は足が悪くなり3メートルの部屋ですら動くのがやっとになったにも関わらずこのひと月休むことなく桶川から書を教えに来ていた。それを、母に向かってそんな足で人を教えるのは良くないようなことを言っていた。私の母の母である祖母は94歳で死ぬまで書の先生だった。最後の生徒さんが、小学1年生から通い20歳を過ぎる御嬢さんだった。それが生きがいだった祖母を知っていたので、私は母のために、ホームページ『おばあちゃまの書道教室』を作りそれを見た人が数人ではあるが来て下さっている。そんな母に教えるべきではないなど、きつい言い方はどうかと思った。我が家でそんなきつい言い方は止めて。私がこんなきつい言い方を姉にするのは、ここ2回である。息子の受験で、落ちた頃から、受験は絶対落ちるからやめなときつい言い方をしていたので、試験に受かった後に、本当にうれしい、入学式に行きたいと言ってくれたのに。結婚についてまで、不幸そうだとか、結婚しない私の方が幸せだとかいう姿に嫌気を感じていたところ、その態度変じゃないなどと言ってしまった。その時はそんなに傷ついているとは知らなかったという。そもそも、夫婦げんかの原因など、身内の言葉が発祥になる。

その後母を蒲田に送ると姉は母の買い物を持って電車に乗るところまでつきあってくれたそうだ。息子もその後あまり文句を言わず、先日誕生日を迎えた朝主人と約束をさせられたせいか、出されている中学の宿題を少しずつ始めたようだ。


2016年2月22日 19:50

今日から生徒さんが2人入った。2人とも自分がしっかりあった。是非これをつぶさないようにしたい。いいものを潰すのは大人なので、肝に銘じよう。

11:10

少し受験のことばかりであったが、月に2度おばあちゃまの書道教室、母の書道教室の話である。これは、息子が学校で1番字が下手であったので、私が2年半前に、草心会を取るよう母に願い出て自分でとりなさいと言われ、本をとって見てもらうようになったことがきっかけだ。プールで知り合った1つ下に息子さんを持つ方が息子をかってくれていて、よく声をかけてくださっていた。ちょうど書を始めて2月目頃お会いした時やりたいと始められお友達を誘って習うようになって下さった。このお子さん今年のお正月明治神宮で、お兄ちゃまと弟が、銀、銅と賞を貰ってきた。なんとすばらしい。

2016年2月17日 10:30

私の子育て日記:無事に合格通知が来た。寮の申込を速達でだし、入学金その他の支払いも終えた。通知が来ていざ、書類を主人が読み始めチェックしながら提出書類を並べる。寮への申書かなくてはと私はボールペンを持っているが、待ってと主人と息子からストップがかかる。息子は生意気に私に悪態をつくので、じゃあ20日の説明会は2人で行きなさい。というと少しおとなしくなる。結局20時前に速達を出しに行ったのは私だ。帰ると息子は僕は千鳥町まで自転車で行くつもりだったと言ったあと。さっさとお風呂に入り母離れか、自分のベットに入った。私も少し遅れながらも布団に入った。ここ数日1人で寝られるようだ。朝は、5時半に1度声をかけ、6時にかけたが、結局20分過ぎに起きてきた。昨夜リビングのテーブルにひどい漢字テストが置いてあったので、寝る前直すよう言ってもやっていなかったで、炬燵に寝転ぶ息子に、間違った物は消しゴムで消すようにまたもや声をかけた。そして銀行から戻ると、そのひどいテストはまだひどいままである。しかたなく、全部は直っていないものの横に赤で直す。緑色で学校で直した物は力になっていないだろう。消しゴムで汚い字で直したものと消し忘れを消し送りがなも足した。。

2016年2月16日 5:00

私の子育て日記:土曜日に電話が来てから書留の速達を待っている。その場には、母が書を教える日前日で泊まっており2人。息子は4年生から行っていた塾のパーティに出かけると楽しみにしていたため、行くのをゆるし、夫は一緒に行く用事を一人で行ってもらったため。それも、主人もさっきまでは電話を待っていたが学校の授業中は来ないのだろうといって、11時に出るところ10時40分ほどに出て行ってしまった。電話は、我が家には3台ある。10年ほど昔息子が子機を、食卓の上の湯飲みのお茶に付けダメにしてしまったFAXと、携帯を出ずに困ったあと、ブルートゥースになる子機を見つけ購入したものと、黒電話ではないがアナログの電話がある。通常息子の部屋のアナログ電話が鳴りだし、他のが鳴る。けれどあの時なぜか、アナログ電話の音は聞こえずブルートゥースの子機が鳴った。携帯が鳴ったのか一瞬分からなかった。しかし、095の番号だ。しかし出た声は、低すぎるのか、小さいせいなのか聞こえない。聞き返す勇気が出ず聞いていた。学校からだ。どうやら、繰り上げ合格どうしますかというようだ。私は喜びに涙を抑えられなかった。今後の御指導よろしくお願いしますといった。こわばってしまった声は、5月からの頑張りが報われましたと伝えると、速達の書留が月曜かに来るだろうから、支払があります。と言われ、FAXでもいただければ支払いますと伝えると、申し訳ないですが18日まででと言われる。また、急ですが20日に来て下さいと言われ、頭の中はすでに、合格者は呼ばれるので了解していた。そして、何を答えたか思い出せない。そして名前を聞きご指導を願った。事務のかただそうで遠慮しようとされた。しかし、是非よろしく願い、電話を切った。

それが、昨日は何も来なかった。夢か、妄想かと思うほど長い待ち時間だ。夫は、おれおれ詐欺と冗談をいう。フリースクール用に漢字ドリルを作ろうと始めたがなかなか進まない。

2016年2月13日 11:30

私の子育て日記:とうとう息子を出すことに決まった。

2016年2月10日 6:34

私は地震をきっかけに教員免許を取るため、通信教育をはじめたのだが、大学が出す雑誌に広岡守穂教授が、性的マイノリティについて述べられていた。性的マイノリティ(性的少数者)はLGBTともいわれるそうで、Lはレズビアン(女性同性愛)、Gはゲイ(男性同性愛)、Bはバイセクチュアル(男性も女性も愛する人)、Tトランスセクシュアル(性同一性障害)であるとのことだが、こうかっちり分かれるかまでは書いてなかった。先生の字数に問題があったのかもしれないが。

性には3つの要素がある。第一は戸籍上の性というか、肉体的性だそうで第二は、性自認、即ち自分を男と思うか女と思うかということ。これが一致しないことがある。これを性同一性障害という。この時性別適合手術、性的変換手術という方法があるそうだ。、第三の要素は性志向である。男を愛するか女を愛するか、またはその両方を愛するかということが性志向。性自認と性志向はかならずしも対応していない。性自認が男で男を愛する人や、性人が女で女を愛する人は、同性愛にあたることになる。そう考えるとものすごく多様な組み合わせがあることがわかる。こういうことを性の多様性とかグラデーションという。調査では13人に1人は性的マイノリティだといわれる。学校のクラスに2~3人はいることになる。偏見が強いからこの印象がでないのだ。よって性的マイノリティの人権を擁護する取り組みが求められる。世界はすすんでいて、オーストラリアでは性別表記が、M(男)、F(女)と、X(その他、性別違和感のある人)三分類になったそうだ。そんな中2014年1月東京の多摩市「多摩市女と男の平等参画を推進する条例」が施行、大阪市の淀川区がLGBT支援宣言を出した。このような動きに目が離せない。

そもそも性とは何か?これは人間が作ったものなのか?犬や猫にはこのような現象はないのか。私は子どもの頃からずっと猫を飼っていたが、猫にはあるように思う。昔の話である。5つ上の小5の兄が学校で野良猫を子どもらで飼っていたのか見つかり押し付けられ持って帰ってきたのがきっかけで猫を飼うようになった。この子はプーといって、たわし猫だ。2匹目は1年もしないでお隣が改築か何かで大工さんが野良ネコをかわいがっていたが、それ、チビがうちに来た。まあ、1つ上の姉がうちに来るようにしむけたのだろうが。このチビは2回みごとに雄猫を3匹ずつ産んだ。このこたちはほぼ貰われたため、確証ではないがどれも性格は色々だったが雄だった。このチビは真っ黒の体に足先と鼻と口元が真っ白だ。1回目は死産だった。ダンボールで生んだ子供を父が見せてくれなかった。しかし、私たちが抱いてしまったからだと言われ、とても反省した記憶がある。2度目の出産で子はたわしもどきだった。一郎、次郎。三郎である。次の出産は黒と白であった。マックロード、クロンボ、半クロードとやはり、姉が名前を付けた。しかし、何年かたって、近所にといっても家裏の公園の向こうの通りに1人暮らしのおばあさんが庭でも部屋でも猫を飼っていた。私たち子供らは猫屋敷と呼んでいた。そのおばあさんが亡くなった話を聞いて間もなくその猫らがうちの庭に住むことになった。このおばあさんだけでなく、年配者の自殺は、とても心に何かを落とした。この猫らの中に三毛猫でオスなのに、女の子のようなねこがいた。おとなしく目立たないためか名前が出てこない。がいたのである。その数年前に、チビの後であるがマリという三毛猫が子どもを産んだが死産だったことも記憶している。チビは、2度目からの出産で子供へ愛を注ぎ、必死で育てる姿をみせた。クロンボがすぐ貰われ2匹が残ったが成長するとチビは帰ってこなくなった。しかし、裏の向こうの通りを3~4本向こうにいった大きな家の前で日向ぼっこをしているのを見つけた。声をかけても、牛乳を持って行っても、戻ってはこなかった。一方マリは産んでる最中に歩き回り子どもが死んでしまったようだった。産んで少ししていなくなってしまった。猫の世界でも賢く生きる猫と大変に生きる猫がいた。どんな生き物も神様が作ったのだ。神様は我々の髪の毛一本一本も数えてくださっているのだから。目立たなくても神はご存じだ。

2016年2月9日 10時40

私の子育て日記:受験者数が出た。補欠合格は難しいか?ホームページに10人募集のところ14人合格と掲載。是非是非懇願合格。

17:30

息子も帰ってきて、玄関から受かった?と聞いてきた。うんうーん。落ちた?うんうーん。答えると。じゃあ何?補欠。と伝えると、俺ってすごい。主人の出した補欠のネットから印刷したものを見つけ満足したようだ。今まで我慢していたテレビに夢中。マサカメテレビの録画を2つ目を見ている。宿題も始めたようだ。もちろん宿題しながらである。いや、テレビを見ながらの宿題である。

2016年2月8日 11:00

私の子育て日記:息子に怒られるので、あまり書けない。補欠がきた。どっちでもない。とっても笑える。主人は気が気でない。

21:00

フリースクールの軌道が乗らないため、気持ちを切り替え息子の受験をしたがとうとう終わった。ダメでも、終わり。今朝8時半に入室のところ、息子は8時に入って国語、算数の試験を25分の休憩をはさみ1時間ずつ受け12時15分から10分ほどの面接をし出てくる予定だった。受験者は17人3番目の4~5人のグループが15分ごとに降りてくる。ちょうどお昼時でその建物の研究者なのか、学生なのか、そのまた両方が出てくるのか、若い人も少し歳の入った人も片手に白いビニール袋を持ったり飲み物持ったり戻って来たかと思うと、集団の塊はエレベーターから出てくる人ごみで裂かれるのをよけながら仲間を待っていた。よほどの仲間を待っているのだろう一心にエレベータの口が開く度に皆はチンというエレベーターの呼び鈴ごとに目をそちらにやっていた。我々両親や、片母親、片父親での迎えもその外側に混じって見守っている。13時5分過ぎに出てきた。本人は満足したようだ。月曜の発表まではもう考えたくない。落ちるのも辛いし、寮に子を出すのも胸が裂かれる思いだ。昨年私が算数を見ていても嫌がるため、4月に個人の塾にもやるとことにした。首都圏模試と四谷大塚模試を9月まで受け続ける様指導を受けた。いきなり次の日の試験から受けることとなった。受けると、偏差値30代、続いてサッピックスの試験で28などとってのスタートであった。あせりと驚きから始まったお受験だった。学校の成績はそう悪くなかったため驚きはひとしおだった。しかたなく、四谷大塚模試52の学校で首都圏模試では60代の学校を見つけ九州に飛び立ち説明会に行ってみた。そしてそれが目標となった。格安チケットを取ったといってもすごい出費だったが、年末テレビで成田と福岡を1万円で往復でき、成田羽田はリブジンで1000円と言っていたことは今後我が家の助けになってなる情報となってくれ。

我が家の受験対策は、5年生の時は、御3家の学校を見に行ったり、キリスト教の賢い生徒さんのいるという学校に連れて行ったり中学の目標を与えていくことからだった。しかし、車で回ったが、息子は、結局5校すべて寝ており全く勉強に興味など示さなかった。一応は起こして外に出したりしてみたが興味はないようだった。しかし、4月の模試の結果後九州の寮のあるその学校を見学した。お城のすぐ隣に校舎はあり、高校を買い取って改築できない、つまり国家遺産とかやらで掘り返せないそうで、勝手に雑草もぬいてはいけないようだ。門を入ると坂を上ってすぐ建物までに、守衛さんが挨拶下さった。息子は挨拶できず緊張していた。とてもきれいな体育館に通され1番で3人で入ったが、すぐやはり親子3人が一番前の左の席に着いた。説明を終え寮に見学させてもらえる。この学校の隣に前日から宿泊しレンタカーを置いていた。その車で3人で移動した。すでに7,8人が学校のマイクロバスで移動してきていた。横に広くとてもずっしりした出来立ての寮である。駐車場もしっかりあった。何より感動したのは生徒さんらの挨拶だった。野球部はなおのことカッコよくてしつこくもなく無理もない挨拶で、元気をもらえる。校内での先生方も息子の緊張を取って下さり細やかさが伝わった。外国人の先生が英語でジャンケンを教えて下さった。女の先生は少し若くエネルギッシュに見えた。授業は御三家Kに行ったときが初めてこんなにすごい人数で授業をするのかと思わせられたが、真っ白な壁の教室は同印象を受けた。坂はさすがに田舎のせいか急ではない。狭い階段の印象もなかった。

話は変わるが、息子のやってきたお稽古事は、1歳半年からプールを6年間。1年生の冬に食が細く食べられない子であったので選手になることもかなわないと思い勝手に絵画を習うことに変えてしまった。年中の終わりにはほぼトップにおりゴールドで泳いでいたが、かわいそうに全然泳ぎは速くなかった。1年生で週2回2キロ強ほど毎回泳がされていた。年長からは週2回剣道にも行き始めた。これが厳しく私も辛かった。畳上げがあり、入った年はこの仕事がある。このころの息子は小さく一緒に入った1年生の女の子とかなりの差があった。1年生になっても息子は大きい畳を一人で運ぶことはできなかった。3時に始まる稽古に合わせ、幼稚園を終えると1時40分ぐらいから用意しないと間に合わない。そんなことを2年ぐらいやった。入る年の春、剣道入部電話でしたため、連絡がなく、問い合わせて忘れられてのスタートだったので、必死で通った。実は、2人目を恵まれすぐダメにしてしまった次の日が息子の剣道初日で畳を上げをした記憶がある。子育てでいつも思い出すことがある。息子を産んだ陣痛室でのこと。もうその時は子どもを産むなんて考えはない。隣の子でいいなんて訳の分からないことを考えたことだ。子どもが自分から出るなんて考えられないあの一瞬と、産んで次の日から息子を手に育て始め産むよりも大変と感じた瞬間である。この思いは私の子育ての原点である。産むのは大変で、育てるのはもっと大変。これが分かっているのでへこたれない。自由ヶ丘にある実験教室は年中から行っていたが宿題を自分からしないので、当日の朝にやらせてから行かせた。土曜に用があった時期にはその塾の並びのコーヒー屋さんで息子を待たせ行かせた記憶がある。

息子を8時過ぎに試験会場に入れると、高田馬場駅に向かったが結局交番で聞いたドトールで飲み物を2杯飲み12時前まで落ちつかずにいた。心は息子の無事を祈りつつ結果の成り行きが母の心を刺した。涙が出た。塾のため学校に車で迎えに行きそのまま代々木まで1時間以上かけ送って帰り、夕飯を作る間に終わったと電話がかかり自宅近くの駅まで迎えに行く。行きの車ではほとんど食べられずに塾のノート,A4のサイズの先生の出した70~80頁の算数の問題をまた解き直しをしているようだった。ひとたび緊張がつづいていたのか席を前に移してくる。そして、小さな毛布を私に差出自分は大きな毛布に身を包む。お弁当は初めは気持ち悪いと言って食べられずにいた。小さなおにぎりにしたり、焼うどんにしたり、冷たいうどんにしたり、いろいろ試したが私と離れるのがとても辛いのか分からぬが、彼の手をつかむととても冷たい。大丈夫?と声をかけると、うぅん大丈夫と震えた声が返ってくる。座席を倒しなさいと言うと大丈夫1つ倒していると返ってくる、が私の側でエネルギーを得ているような感じだ。悪態ばかりでなく、不思議とかわいい一面である。そんな週2の塾通いも最後の2つきは毎日のように過ごしたことを思い出しての涙である。夫は大丈夫?と声をかけてはくれたが何も大丈夫でなかった。号泣にかわってしまった。声を殺し小さなタオルで拭うだけだ。

6:22

また言い合いになった。でもどうにか食事もとり朝計算もしている。


2016年2月6日 4:40

私の子育て日記:昨日は14時~17時の願書受付に14時ちょうどに息子と3人で行った。駅からその中学校の系列大学の建物の2階に受け付けが設けられたところに行くまで、10分ほどだった。午前中幼馴染みの仲間の一人がW中学に受かりまたまたプレッシャを感じたであろう息子。地下鉄からすぐ大学はあり、その友が通うこととなった学校を偶然に前を通る。ここだね。すごいね。と息子と話しながら歩いていると、緑が案外ないねと負け惜しみか返ってくる。息子は少し強くなった。W大学入試中で門が閉められ右回りで目的の建物まで歩き裏の門に行くと、通り過ぎて来ましたよ。といわれもどる。22号館という建物は大学外にあり左を向いて先頭を切って歩いていた私と息子は全く気付かず通り過ぎてしまった。戻ってみるとなるほどほんの少し向こうにきれいな22と書いてあるビルがあるではないか。エレベータで2階に行くと明るく天井は低い部屋に先生方が3人おられ相手をしていただく。四角い長いテーブルを向かいに3人の我々と1人の先生が挨拶をもう一度し直し座る願書の書類をみていただくと、一昨日銀行で入金した写真とはがきの付いた一つ折にされた願書の横長の用紙を、一つ広げ確認して、後ろからA4用紙に書かれた息子の名前を拾ってか、願書に番号を入れ印をおすと丁寧に息子に両手で返して下さった。試験会場はここですと言われ、少し緊張気味の息子も腹をくくった様子だ。廊下にはトイレのマークもあるので安心した私は隣に主人をはさみ息子の顔を確認。明日は国語と算数そして面接。私たちが入った真後ろの扉でなく、向こうの扉にきれいな黒っぽい服装のお母さんがやはり書類を出していた。明日は子どもさんだけが部屋に入れます。私が8時と間違うと先生が書類を見ながら8時半にと訂正をやさしくしてくださった。前回より30分遅い。1月10日の試験日に単願で出して落とされ次はないのではと思ったがここまで来た。本人が一番望む学校なんだ。寝る前に明日は5時に起こしてくれと2,3度念を押されていたが、4時半から時計が向こうで2度ほどなった。本人はとっても本気なのだ。朝食をがんばって作ろう。

6:55

昨日のLINで先ほど情報ゲットしたのは息子。さすがにプレッシャーかかったのか、私に当たるのでピシリと謝らないなら今日の願書知らないと言うと投げやりに謝り治まった。

2016年2月5日 6:10

私の子育て日記:息子の幼馴染み一人がが御三家Aに合格とてもうれしい。このお子さんは腕白で走るのもこの辺では1番早く、ずば抜けて何でもできるという感じがあった。例えば我が家とは、その友人宅は4つ離れた駅の学校に通っていてもサッカーで一緒の友人、塾で一緒の友人から情報が入るほどだ。親子で頑張った納得のいく結果である。息子がこの春まだランドセルを玄関に放り投げ遊びに行っていたころ、公務員で忙しい友人はストッポッチ片手に4科目4ラウンドの勉強をさせていたのだ。さて、今日3度目の正直ならぬ2回目の第1希望申込日だ。優秀な人が押し寄せてくるだろう。最後まで逃げることなくやって欲しい。この今年から2回試験は、息子のためになったと思えればよいのだが。

2016年2月3日 6:20

私の子育て日記:落ちてしまったので、ここでやめようと思ったが、塾の先生に2月6日まで視野にやって来たのだからと勧められた。だが思案してしまう。本人も結果の後大泣きしてもう受験はしないとソファーで2時間ほど寝、入浴後の食事の後のことである。こんないちいち泣くのなら、お母さんは外に出せない。寮のある学校に出せないと話すと。そこは、いやなのだ。まだ一人でやりたいと言い出した。とは言われても止めさせたいのとこれから公立で部活もろくにできない3年間を過ごさせるのも悩むところである。条件をまず出した。朝一人で起きること、テレビを見ないこと。1日1度時間を計って過去問1年分を目の前でやること。といったが、翌朝5時半夫に部屋の扉を開けられ私が目を覚まし、声をかけるとすぐ起きた。少しの成長を見守ろう。私はというと2時に洗濯物を干し久しぶりに4時18分の時計で起きずにいられた。

昨日は私の父母も方向転換を薦められ主人の母ももうかわいそうだから受験は止めるよういわれた。夫はよく考えていないから言うと言う。子育てで悩んでも足りることはない。祈るのみだ。


2016年2月2日 15:00

我子育て日記:取り敢えずやることはやった。こんなに頑張ったことが子どもの6年間を決めるのはちょっと怖い。昨日と今日は同じ学校を希望し、受験。問題の直しに朝も親が手伝ったが、類問題を今度は落としていないか聞くのも怖い。前回の学校は寮のある学校で偏差値も10近く下なので11月からの猛勉も今回どうでるか祈るのみ。落ちた時の選択を考えなくては。

2016年1月21日 19:00

我子育て日記:第二段に向け願書提出をした。息子は私の前では勉強したくないようだ。昨日も私が寝た後横で遅くまでやっていたようだが、朝5時に起こすのは気が引け、半過ぎに声をかけいつも通り、ビタミンBとCとAを口に入れ私は自分のことをリビングでしていると起きてくるようになった。悪態をつく息子に数日我慢しながらも、やっと少し自己管理ができるようになったのだろう。と、安堵する。

結局、何かを言っても言うことを聞かない子に何を言っても難しい。言ったことで引き下がれないのは、将来この子が困らないためのことと思っている。例えば、歯を磨かない、磨いたといっても怪しい時は寝ていようとこちらが磨く。そして寝床にたらいを持っていいってうがいまでさせる。パジャマの脱ぎっぱなしは毎日だがもう毎日注意するのはやめた。それは、夫と私では支え合う事柄が違うので、大したことではないと思うからだ。とは言え夫は脱ぎっぱなしにしたことはない。

2016年1月13日 11:15

我子育て日記:不合格連絡第2段頑張らなくては。切り替えて2月の願書を書き心を落ち着けた。学校には伝言で調査書を書いていただいた手前お礼と謝りの電話をし。新たなスタート。

 18:50

帰宅した息子も納得に時間はかかったものの、1時間ほど寝た後にテレビを見ながら夕飯をとった。部屋に入り、計算と漢字と四科のまとめ理社科はやろうねと伝えたことは、息子任せとした。

2016年1月11日 05:10
 我子育て日記:受験の試験会場から息子が3番目に出てきた。出口の脇からお帰りと声をかけここにたまらって話さないよう指示を受けていたので外の出口に急いで歩いて行った。出ると機嫌が悪い。主人は中華街に寄ってから帰りたそうだが、武蔵小杉に寄ろうと言っている。スマホを買って欲しいのだ。今使っているガラケーは主人が初めて息子を海外に連れて行ったとき、6年前主人が買った当時一番良いものだったが、すでに水にぬれた跡がある。もちろんこんなことは息子のいたずらでなったのだ。息子が自分の子ども携帯で警察にかけてしまったことがあり、それ以来こちらに差し替えて使っている。
 我が家では必要と思えば持たせるが、めったなものは持たせない方針である。それでも、大抵のものは息子は持っている。今回は私は中学入学まで現状維持でいった学校の校長先生によると思っている。夫は、自分の携帯の切り替えが過ぎているので一緒に変えたいのであろう。じゃあいい、と結局息子が折れ歩き始めた。息子と夫がどうだったかのやり取りをする中私はお弁当は?と声をかけた。髪の毛が入っていて食べられなかった。ごめん。と何度も返した。6本もだよ。仕方なく食べようと思ったけどやめた。私もずっと行く道々反省をして落ち込んでいた。キャラ弁を頼まれたが作れない。昨日考えていたら、じゃあノリでメッセージを入れてくれ。といわれ、先日マサカメでならったキッチンペーパで印刷した字を重ね切り出すが失敗。失敗を何度も重ね、結局キッチンペーパ抜きで直接印刷した紙と重ね切り出した字をお弁当に入れて出したのだ。
 お弁当を洗うとき、別にしていた果物弁当に2キレほど残っていたが、小さな2段弁当はからであった。息子はやっぱりわからない。

07:10

 子育て日記:相当疲れたのか、受験休みとなった2日間は寝るのかとなりでいびきをかいて寝ている。夜は昨日武蔵小杉で買った本を夜10時過ぎまで読んでいたそうだ。夏まではランドセルを玄関に投げ出して遊びに行っていた息子は12月からか目の色変えて勉強をしていた。私は、精神的に弱いためか、朝起きて勉強夜更かしはできない。夜は遅くとも9時10分ほどで私が限界になる。朝は4時20分にベルを鳴らし洗濯物を干し5時過ぎに息子を起こす。自分で起きたことはなかったが、昨日初めて自分でベルを鳴らし、起きてきた。といっても5時半であった。私はお弁当で苦戦していたため起こす暇がなかった。目が覚め1時半から起きてしまったにもかかわらずうまくいかなかった。
 夜も一人でまともに寝れれなかった息子が一昨日いびきをかいて寝ていた。テストの花道?母からのアドバイスをもらってみる暇がなかったが主人が代わりに聞いてくれ、見てくれたようで、受験当日は30分早く寝る。といわれ素直に聞いたのだろう。まだ一緒に寝たり、息子は自分のベットにいったりしているのだが、うそのいびきかと思いきやしっかり寝ていた。これにも驚かされた。朝聞くと剣道の大会と思って寝たという。この子はおおものか?子どもはよそ様に育てて頂くものと感じている。
 私は息子にゲームは買わなかった。携帯のゲームをやることは許していたが、あまりにやっていたので6年生になる前にドコモショップの方に教わり時間制限をかけた。これがかしこく、時間制限よりも厳しく制限してくれたので6年生になってやったのは数回限りだった。目を守るためであったが受験で目は悪くなるのだとつくづく思う。昨日まじかでテレビを見ていて何度も注意をしてしまった。2時間以上見るなら3メートルはゆうに離してみて欲しい。

2016年1月5日 11:05
我子育て日記:我が家は息子にダメと言って小さい時子育てをしなかった。そこで母は、私の子育てが悪いと2言目にはいう。しかし、男の子は親の言葉を自然に無視するのか、自分で決めたことしかやろうとしないのか。主人がそうであるので、いや父もそうであったような気もするのできっと男性一般に思いを強く持ったことしか反応しないようだ。息子は最近受験勉強をしっかりやっているように見える。以前書いたかもしれないが、肘をついてご飯を食べるのを11になるまで続けていた厄介な息子である。学校ではそんなことはないと1年生の頃から担任の先生に伺っては、チェックはしているが私の前では3食なら3食注意を受けている息子である。部屋をやたらきれいにし出した途端勉強に身を入れている。少し遅いかもしれないがとても良い傾向だ。

2016年1月4日 9:25
かつて書いた中で、ルソーが12~13歳までに子どもたちに傷をつけないよう書いた。傷の意味がとても深い様に思う。1人で電車に乗っておじいちゃま、おばあちゃま宅へやってみるといった冒険は安全に達成することができたら必要な経験だ。。過保護をとても嫌っていたことを訂正する。

2016年1月元旦
明けましておめでとうございます。2日前日の新聞にフリースクールに通う子供たちに政府が年12万円の援助をするという。素晴らしい進歩です。年齢が心配です。

2015年12月26日 17:30
息子が冬休みになっておにぎりやら持たせるものも大変である。私とはなれることをやはり嫌がった。聞くと3時間いつもより長く離れるからだそうだ。とてもかわいいことを言ってくれるが今だけなのか?小中学生を今まで家庭教師で見たことはあったが、我が子は全く違う。この受験をさせる経験で私立の受験をさせた子どもたちの親御さんの気持ち、がわかるのだ。


2015年12月23日 6:00
昨年フリースクールを立ち上げちょうど1年を経とうとしている。お問い合わせもほとんど業者ばかりであったが、昨日3人目のお問い合わせを頂いた。やはり若者はいい。目から透き通る遠くをのぞいている瞳が輝いて見えた。我が子の受験勉強に切り替え付き合っておるが、感じることがある。思わないと感じず行動に出ない。我が子がそうなのか?男子がそうなのか?
昨日エミールの中で、以前トップページで書いたが、今、教員講習のための中でジャンジャックルソーのエミールが必読になっている。昨日エミールを読んでいて知ってほしい箇所を残す。
生きること、それがわたしの生徒に教えたいと思っている職業だ。
本当の教育とは、教訓をあたえることではなく、訓練させることにある。
このルソーは230年以上前に書いた言葉だが生きている。さすがフランス革命に影響を与えた人である。本当にこの本を書いて捕まったのだろうか?


2015年11月14日 14:00
今私は高校教師(工業)の資格を取るために動いている。小学生中学生にこの資格は関係ないのではとお考えの方もおられるかもしれない。しかし、現在の教育現場について学べて今後に生かせると信じている。先月のリンゴのかすはジャムもどきになったが今度カレーにでも入れることにする。ジャムには酒が強すぎる。


2015年10月6日 11:55
10月になった。私は毎年10月中にやることがある。リンゴ酒を作ることだ。結婚して夫の体のためにお酒を作ろうと調べたが結局身近なリンゴにおさまった。祖母はカリン酒やら梅酒やらと作っていたが両親が酒を飲まないので実家のお酒はお酒ではなく砂糖漬けの汁を作っていた。本来紅玉という種類のリンゴが体には良いのだが、硬めのリンゴで甘いものを普段から好むのでそれを漬ける。本当はリンゴ3個に氷砂糖150gにホワイトリガーをつける。ところ私流にはイイチコのお酒を瓶にリンゴを適当に切って入れ三温糖かサトウキビをやはり適当に入れる。ちょうど1月でその中身を出してお酒だけを1月後から料理に使う。これを1年間ハヤシライスやらケーキ用のお酒に使う。また最近では自分でサングリアをつくるようになった。友人に教わったのだがとてもいい。ワインに果物とシナモンスティックを入れ2日後に炭酸で割って飲むのだ。白にはレモンキュウイリンゴが合う。赤にはリンゴオレンジ何でも合う。はちみつも入れると美味しい。200~300円のワインが思いの味に変わる。リンゴ酒の中身を今年は何かにアレンジしてみたい。


2015年9月22日 4:50
我が家ではよく録画したものを食事時見る。とても、いいことではないが会話が暗い話になった頃の対策の名残である。今週オモクリ監督という番組が最終回だった。私は子どもの頃お笑い番組をまず見たことがなかったので、正確には見せてもらえなかったので、息子にはテレビのリモコンの権利をかなり渡している。主人と息子がずっと見ていた番組で途中から私も見るようになった番組だ。もったいない。残念だ。法律できつく世の中を規制しても、ああやって批判のできる芸人はまさに江戸時代の風刺画のように芸術だ。そう息子は入学の前にテストの花道をを見ていたが今は見ていない。ビートたけしさんが好きなのか、小学にあがると、家庭の医学を一生懸命みていた。番組また近いうちにやるときはぜひ見たい。


2015年9月21日 5:30
昨日まで3日間憲法の授業と試験を受けに行った。あの大きな地震の後、中大の通信教育生になって6年目でやっと少し憲法でやらなくてはならないことが分かって来た。柴田先生のお話にあったが、やはり最初の科目は通信でなく、スクーリングの方が良かったようだ。政教分離についてのしっかりした考えは宗教と結びついてはいけないのでなくて、少数派の宗教の人々の生きやすい世界を守るためにあるのだということが分かった。
この連日賑わしていた永田町の話も、憲法9条ばかりに話が行っているが、学者は違う視点で見るのだと分かった。学生としてわかったことは、三権分立実際は内閣の力が裁判官の指名をする点からいって力は内閣にあるということ。裁判所は、法律としてあることだけしか裁判をしてくれないということ。民主主義は国民が滅ぼしてしまうこと。たしか、かつてのナチスのヒットラーも選挙で選んだのは国民だからしっかり学んでおかないといけないとつくづく感じた。
柴田先生かっこよかったなぁ。まずカフスボタンで上下スーツ姿で登場された時今どきの大学の先生は本当に変わったと思ったが、きっと先生ご自身オシャレなのだ。私の祖父は大学で英語を教えていたが、パリパリの白いワイシャツでスーツ姿を思い出した。がかっこ良さが違う。息子に同じ髪型を薦めたい。


2015年7月7日
今日は七夕。毎年七夕は雨の日が多いいが今年はやや曇りこんな年は特に記憶に残る。さて、開いてしまった。が先日の講演の話の中に、教育産業がお金で荒らされているとの話があった。貧しいところほど塾があって親が塾にお金を払い自己破産にまでなっているというのだ。そして、世界のカード会社の4割はの利子で利益を得ており、一方金持ちは子どもを塾ではなくプールやら芸事をさせているのだという。私も、わが子を1歳からプールに連れて行き芸事をさたが、歳の離れた夫の収入のおかげでやれたとは思っているが、余裕があったからとは思っていない。

2015年7月22日 6:45
昨日夜回り先生こと水谷修先生が出ていらした。去年品川区に講演にいらして下さり素晴らしい先生を目の当たりにしたが今思うと先生の影響でフリースクールを立ち上げたのかと思う。昨日の番組はいじめにあった少年が成人になって頑張っている姿を見せてくれた。なかなかの好青年だったのもまた一層先生の素晴らしさを引き立てた。初めてカウンセリングを学んでいたころ頃、20代終わりに私はイーストアングリア大学の短期研修で諸富先生の研修にくっついて行かせていただいた。学んだことは、カウンセリングのはじまりはイギリスのある教会のシスターが窓から顔を出し町の人と話すようになり、うわさが皆を引付、そこに相談をしに来るようになったのだそうだ。そのシスターは黒ネコを飼っていたので絵を見せて頂いたように思い出す。そのお礼というのが子供も大人も自分の収入を申告しその中でいくらか指定され払ったのだそうだ。今でもそれは続いていているのだという。あと2つ思い出せるのだが、1つは虐待やら不遇を経験した子供たちの施設を見学した。子供は肩が成長しきれなかったのか少し小幅の少年ともう一人が対応してくれた。やはりほっそりとした少年だったと思う。人間の成長期には必要なものを与えるのは、大人の義務だ。本来子どもが水を欲しがる時に、子に水を与えなくてはいけないのだと感じた瞬間だった。最後に人間の克服力というのは集団でふるい起こすことができるということだ。アメリカのアルコール依存症を治す効果が認められているそれと同じだ。研修中通訳の人も付いたのだが何かのテーマについて突き詰める集団カウンセリングをした。2~3時間だったと思うがすごい威力を感じ、実体験の自信も持ち帰ったと思う。子どもの養う力や、癒す力は集団にこそ、またその経験者の集まりによってこそあるのだと確信している。

2015年6月5日 5:40 
義務教育の場をフリースクールなど小学校以外にも広げる法案を7月に提出との新聞記事を5月26日付朝日新聞に掲載。31日の朝日新聞社会面にも不登校の子どもの受け皿の一つ…と掲載朝日新聞はフリースクールの記事を全面的に出す傾向があるようだ。

2015年6月29日 9:00 
昨日、一昨日と2日間オランダ教育者リヒテルズ直子先生、東大名誉教授佐藤学先生、東海大学大貫大輔先生、玉田俊雄先生のレクチャーと対談を聞いた。とても勉強になったた。自分ががしっかり理解できたか別として、来週大事な試験があるのでまずは簡単に少しずつ載せようと思う。リヒテルズ直子先生は、先進国で一番幸福度(Well Being)が高いオランダの子どもたちと題してお話しをされた。物質の豊かさ、健康と安全、教育的豊かさ、家族友人との関係、行動とリスク、主観的ウェルビーングの6つの側面で総合で1位、孤独感2.8%日本は28.9%。この結果に日本政府の担当者は訳が孤独感と訳さず退屈と訳したからこの結果なのだという。子どもたちに与えなくてはいけないのは安定感でこれは脳科学でも同じ結果が出ているそうだ。Well Beingとは何か?幸福度。安心感があるか何を大切にしていくべきか?それぞれの指に問いを:親指:あなたは何が得意?人差し指:どこに向かって行きたい?中指:何をやめたい? 薬指:何を大切にしたい?小指:どういうことでもっと成長したい?経済から心の豊かさをもとめる。ワークシェアリングとは何か?今のオランダの人々の生き方・働き方:パートタイムとフルタイムに差別をもうけない。→ポルダーモデル:低い土地にいろいろな人が集まってくらす知恵→子どもたちに伝えるもの:オランダの公教育を通して子どもたち自身が学ぶ、学ぶ環境があり、見つけていく。オランダの学校は子ども1人当たりに払うお金は決まっていて、私立も公立も先生の給料は同じで、子どもがこの学校に行きたいと言うと、周りはその言葉を実践する努力を必ずしなくてはならないのだそうだ。例えば、全盲の少女を例に普通学級に入った例をあげ、字はパソコンで打ったりはすることや、親の中から補助に付く以外は皆が普通に授業をするのだそうだ。また、重度障碍者の学校があったが、そこを、普通学校の生徒と一緒にクラスにした。そういうクラスこそ最新のパソコンや設備があるのだという。このために、第3機関がもうけられ、三権分立になっている。日本には第3機関はない。戦後アメリカがなくしてしまったから。このように、オランダは、学校が沢山あり、選択肢があるという安心感があるようだ。授業について、佐藤先生は25年間31か国500校の学校を訪れ実践された話をして下さった。ヨーロッパの教育で一番遅れているのはフランスだそうだ。黒板があるのはフランスと落ちこぼれ?の教室?と日本。授業中寝ている子どもたちは先生に不満を必ず持っている。起きて黒板を写している子どもほど危険である。荒れている子どもも、中学生では荒れた男の子は、しっかりした女子生徒が助け、高校では荒れた女の子を優しい男の子が助けてくれる(記憶逆だったかしら?)。先生が行かれた学校が荒れていても、学校を休む様な子は一人もいなくなるそうだ。子どもが学校をやめる一番の理由は授業がつまらないからだそうで、高い教育を与えると必ず子どもはついてくるそうです。年間900枚ガラスの割れる学校で、たしか江戸末期のレポートテーマ3つから選ばせた。とおっしゃっていました。日本の教育の危機とはマレーシアでさえこの30年マレー語で話をし研究をサポートしたその娘さんは英語で通訳することのできる教育をうけているが、日本は30年英語に本当に力を入れたとは言えないであろう。(リヒテルズ直子先生)要は、子ども同士の力がとても大切だということを語られていました。15歳の壁、日本では15歳を1つ超えると義務教育を受けられなくなってしまいますが、区によっては受け入れてくれたところもあったそうです。現状子どもは待ったがきかないので、大変なところでやっていかなくてはなりません。


2015年3月9日 10:25
先週、文部科学省初等中等教育局フリースクール担当の方にお電話で、学校の出席取扱いについて聞いてみました。お返事は、平成15年に文部科学省で出した不登校への対応の在り方についてを参考にするように言われました。http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/t20030516001/t20030516001.html要は、それぞれの教育委員会が決めることだそうで、それによって校長先生がご判断下さるそうです。 我がフリースクール下丸子に不登校のお子様が通われる場合、それぞれのお子様の学校に私どもで問い合わせていきますことをお知りおきください。 民間施設についてのガイドラインについて(試案)があるとのこと。http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/06042105/001/006/002.htmこれに’がちっと’しないとダメというわけではないそうですが我が校もこれに沿うよう努力していきます。